gauntlet(ガントレット)とは、古代の戦士が手や手首に着用していた鎧の一部である。ガントレットを外し、敵の足元に投げつけるとは、戦いを挑むこと、あるいは戦いの挑戦を受け入れることを意味する。
マタイの福音書4章では、私たちの敵である悪魔が、主イエスに以下の三つのことをするようにと挑戦状を叩きつけている:(1)空腹を満たすために石をパンにすること(2)主の力を示すために奇跡を行うこと(3)父なる神と、神の人類救済計画に対する忠誠心を放棄すること。
イエスはこれらを行う力と権威を持っていただろうか?答えはイエスである。私たちが試されるように、イエスもまた試されたのだ。イエスは他のどのテストとも同様に、このテストにも合格された。しかし私たちはこれまでに何度もテストに失敗してきている。それでもイエスは私たちのことを理解し、赦し、愛してくださっているのだ。
「私たちの大祭司は、私たちの弱さに同情できない方ではありません。罪は犯しませんでしたが、すべての点において、私たちと同じように試みにあわれたのです。」(へブル人への手紙4:15)
イエスがサタンの挑戦に、どのように対抗したかに注目してほしい。主イエスは反論もせず議論もせず、ただ聖句を引用したのである。
あなたがサタンに誘惑されて、悪いと分かっていながら行動したり発言するとき、あなたはどう対応したらいいのだろうか?言い争ったり、弁解したり、言い訳をしたりしていないだろうか?これらのことは絶対にしてはいけない。サタンは欺瞞に満ちていて、私たちよりもはるかに賢いのだから。サタンと議論すれば、それこそが大問題である。
イエスは、サタンが仕掛けた罠を知っていたからこそ、この問題について議論することをしなかった。主は3つの挑戦に対して、ただ聖句を引用されただけだった。そしてサタンはただちにイエスから立ち去った(11節)。これこそが私たちが見習うべき手本である。
神の言葉は、私たちの霊的戦いにおいて敵を攻撃するための武器となる。へブル人への手紙4:12はこのことをよく伝えてくれている。
「神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、間接と骨髄を分けるまでに刺し貫き、心の思いやはかりごとを見分けることができます。」
聖句を暗記することは時間と努力が必要だが、あなたが根気強くやれば、それは大きな利益をもたらすことになる。聖句暗記を成功させるためには、3つの鍵がある。それは、復習、復習、また復習だ。(Review, Review and Review.)聖句を5分から10分で暗記し、一語一句完璧に引用できる人でも、明日にはその聖句の数語しか覚えていないかもしれない。だから復習すること(3つのR)に集中しよう。
聖句を暗記するための優れたプログラムがいろいろとあるので、それを1つ選んで始めることをお勧めしたい。それからもう一つ、聖句を覚えるだけでは人生は変わらない(サタンがその例だ)。しかし暗記した聖句を適用すれば、それは可能となる。ヤコブの手紙1:22にはっきりと書かれている。「みことばを行う人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者となってはいけません。」
手始めに、詩篇119篇9節から11節を暗記することから始めてみよう。
「どのようにして若い人は、自分の道を清く保つことができるでしょうか。あなたのみことばのとおりに道を守ることです。私は心を尽くしてあなたを求めています。どうかあなたの仰せから私が迷いでないようにしてください。私はあなたのみことばを心に蓄えます。あなたの前に罪ある者とならないために。」
そして先ほど言った3つのR(復習、復習、また復習)を忘れないでほしい。
ぜひ聖句暗記にチャレンジしてほしい。決して後悔することはないはずだ。