終末時代の兆し:2025(2025年10月5日投稿分)

二千年前、イエスの弟子たちは彼に非常に重要な質問を投げかけた。「お話しください。いつ、そのようなことが起こるのですか。あなたが来られ、世が終わる時のしるしは、どのようなものですか。」(マタイの福音書243

イエスはマタイによる福音書24章でさらに、終わりの日には次のような兆しがあると言われた。(1) 戦争と戦争の噂 (2) 飢饉 (3) 疫病 (4) 地震 (5) キリスト教徒の逮捕、迫害、殺害。

どこかで聞いたような気がしないだろうか?その通り。今日の世界では:(1) 中東やその他の地域で戦争の噂が絶えず、(2) 世界で23億人が飢えに苦しみ(3) あらゆる病気が世界を脅かしている。(4) 2024年には世界中で約9,000人が地震により死亡した。そして(5) 世界中のキリスト教徒は絶えず逮捕され、迫害され、処刑されている。

これらすべての出来事は、世の終わりと審判が近づいている兆候である。

これは悪い知らせだ。

しかし、良い知らせもある。聖書は「主は、、、、だれも滅びることがなく、すべての人が悔い改めに進むことを望んでおられるのです。」(ペテロの手紙第二39と言っている。

そして悔い改めの方法は、実に明確だ。「主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます。」(使徒の働き1631

もしあなたがイエスを信じているのならば、神を賛美しよう!もしイエスをまだ信じていないのならば、信仰によって今日信じてほしい。時は短いのだから。

親愛なる読者の皆様、もしあなたがここで描かれている世界を認識し、来たるべき裁きから逃れるために何をすべきか分からないなら、次のような簡単な祈りを捧げてください。「神様、私はあなたについてよく知りませんが、あなたが世界についておっしゃっていることには賛同し、信じたいと思います。どうか、私を助けてくれる人を私の人生に送ってください。」

アメリカの感謝祭:歴史と適用(2025年11月11日投稿分)

1619年、39人のイギリス人入植者が新世界、アメリカ大陸に上陸した。彼らの船の勅許状には、到着後、大西洋の安全な航海を神に感謝し、共に集うことが義務付けられていた。これは毎年行われることになっていた。

1789年、アメリカ合衆国初代大統領ジョージ・ワシントンは、感謝の日を定める一般布告を宣言した。

1941年、アメリカ合衆国議会は感謝祭を毎年11月の第4木曜日に祝うことを決定した。これは連邦法で定められた休日となった。

2025年、今日の感謝祭は、ほとんどのアメリカ人にとって仕事から解放される休日であり、家族が集う日である。しかし、世界中のクリスチャンにとって、感謝祭は神の慈しみと、神がその子どもたちに与えてくださった恵みについて思いを巡らす日となっている。

今年、私が感謝していることのいくつかを皆さんに共有したいと思う。

身体的健康——ここ数年、今日に至るまで数多くの健康問題に悩まされてきた。しかし周りを見渡せば、私よりもはるかに苦しんでいる人々がいる。

経済的健康 — 私は必要を満たすための適度な収入を得ている。一方で、日々ぎりぎりの生活をしている人々もいる。

精神的健康―概して私の精神状態は安定しているが、孤独や喪失感に苛まれる時期もある。男性も女性も、ほとんどの人が人生のどこかでうつ病を経験するだろう。

道徳的健康——これは非常に微妙な問題だが、男性も女性も皆に共通するものであり、程度は人によって異なる。きちんと対処しなければ、大きな問題を引き起こすことになるだろう。

霊的健康——人生において最も重要な領域は、おそらく霊的健康である。個人的な評価でどのような結果が出ようとも、これが最も重要だ。霊的健康とは、神の御前で、もしあなたがイエスに信頼を置いているならば、霊的に健全であることを意味する。

これらの5つの健康問題を見直し、それぞれを効果的かつ迅速に対処されることをお勧めしたい。

もしあなたがどの分野でも足りなさを感じたら、次の簡単な祈りを捧げてほしい。「神様、私はこれらの分野のいくつかで助けが必要です。私が何をすべきか分かるように助けてくれる人へと導いてください。」

さらにご質問がある場合は、RERJ56@gmail.comまでご連絡ください。

愛の守護聖人:神 (2026年2月12日投稿分)

西暦496年、教皇ゲラシウス1世は2月14日をローマ司祭バレンタインを称える日と定め、聖バレンタインは愛の守護聖人となった。今日、私たちは2月14日をバレンタインデーとして祝っている。しかし、真の愛の守護聖人は神ご自身である。

5000年前、神がノアとその家族のために箱舟を備えられたのは神の愛だった。それによって彼らは罪の破滅的な裁きから逃れ、人類の子孫は守られた。(創世記7:15)。

2700年前、神が預言者イザヤを通して約束したことは神の愛だった。「見よ、処女が身ごもっている。そして男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ。」(イザヤ書714

2000年前、それは神の愛だった。「、、、そのひとり子をお与えになった、、、、それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネの福音書316

イエスが喜んでそうされたのは神の愛だった。「見よ、世の罪を取り除く神の子羊。」(ヨハネの福音書129

そして神は愛ゆえに世界中の人々が「、、、悔い改めて神に立ち返り、悔い改めにふさわしい行いをするように、、」(使徒の働き2620と忍耐強く待っておられる。

しかし、差し出された愛は受け取る必要がある。あなたはこの愛の贈り物をもう受け取っただろうか?もし今まだ受け取っていないなら、神に赦しと未来への導きを祈り求めてほしい。ご質問やご不明な点があれば、牧師、rerj56@gmail.com (英語)または rerj56.japanese@gmail.com (日本語)までご連絡ください。

繰り返しに注目しよう(2026年2月8日投稿分)

「天地は消え去ります。しかし、わたしのことばは決して消え去ることがありません。」(マタイの福音書2435

「天地は消え去ります。しかし、わたしのことばは決して消え去ることがありません。」(マルコの福音書1331

「天地は消え去ります。しかし、わたしのことばは決して消え去ることがありません。」(ルカの福音書2133

聖書研究の原則の一つは、ある主張が繰り返される場合、それは非常に重要なので注意を払わなければならないということだ。四つの福音書のうち三つに記録されている上記のイエスの言葉がどれほど重要か? 極めて重要ということだ。

聖書、すなわち神の霊感による御言葉は、決して廃れることはない。変わりゆくこの世において、私たちは変わることのないものの上に、人生と幸福を築かなければならない。以下の点について考えてみよう。

神の永遠のいのちの約束は決して変わることはない。「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネの福音書316

神の赦しの約束は決して変わることはない。「もし私たちが自分の罪を告白するなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、私たちをすべての不義からきよめてくださいます。」(ヨハネの手紙第一19

神の臨在の約束は決して変わることはない。「、、主ご自身が、『わたしは決してあなたを見放さず、あなたを見捨てない』と言われたからです。」(へブル人への手紙135

神の導きの約束は決して変わることはない。「聖書はすべて神の霊感によるもので、①教えと②戒めと③矯正と④義の訓練のために有益です。」(テモテへの手紙第二316

聖書の言うことを信じるなら、聖書を読み、聖書を学び、聖書に従って人生を築くべきである。

もしあなたがイエス・キリストの信者ではなく、信者になりたいとお考えなら、rerj56@gmail.com (英語)または rerj56.japanese@gmail.com (日本語)までご連絡ください。喜んでお手伝いいたします。

差し出された愛は受け取られなければならない。(2026年2月2日投稿分)

2月は伝統的に愛を祝う月であり、どの国にもそれぞれ素晴らしい愛の物語がある。フランスにはナポレオンとジョセフィーヌ、ギリシャにはオルフェウスとエウリュディケ、エジプトにはクレオパトラとマルクス・アントニウスがいる。

インドのタージ・マハルは、ムガル帝国の皇帝シャー・ジャハーンが、出産で亡くなった妻への愛の記念碑として建造した。建設には約22年を要し、インド全土と中央アジアから2万人の労働者を動員した。建設費は3200万ルピー(インド通貨)であった。

しかし、史上最も偉大な愛の物語は、40人の異なる著者によって三つの言語で書かれ、完成までに1500年を要した書物に記されている。

その書物とは聖書であり、愛である神の御心そのものを明らかにしている(ヨハネ第一 4:8)。多くの愛する者とは異なり、神の私たちへの愛は、私たちの功績や愛される価値に基づいたものではない。私たちが愛されるに値しない時に、神は私たちを愛してくださった。聖書にはこう書かれている。「しかし、私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死なれたことによって、神は私たちに対するご自分の愛を明らかにしておられます。」(ローマ人への手紙58

また、神が私たちを愛してくださるのは、私たちが神を愛したからではない。神が最初に私たちを愛してくださったのだ。「私たちが神を愛したのではなく、神が私たちを愛し、私たちの罪のために、宥めのささげ物としての御子を遣わされました。ここに愛があるのです。」(ヨハネの手紙第一410

しかし、人間同士の愛と神の私たちへの愛には、少なくとも一つの共通点がある。それは、差し出された愛は受け取られなければ、その人のものにはならない、ということだ。私は私を愛してくれない多くの人々を愛している。イエスは世の人々を愛されたが、世の人々はイエスを愛さなかった。

神の愛は、御子イエスキリストを通して私たちに差し出されている。「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」(ヨハネの福音書316

イエスを拒む者は、神の愛も拒む。私たちは信仰によってイエスを人生に受け入れるとき、神の愛を受け取ることができる。まだそうしていない方は、rerj56@gmail.com (英語)または rerj56.japanese@gmail.com (日本語)までご連絡ください。喜んでご説明いたします。

一時的平和と永遠に続く平和(2026年1月30日投稿分)

何世紀にもわたる歴史を振り返ると、歴史は繰り返されるという事実を否定することはできない。これは世界の舞台においても、また一人ひとりの人生においても真実である。

以下に、2011年2月に日刊紙に掲載された世界各国の記事の一部を掲載する。

エジプト_ムバラク大統領は留任、群衆は激怒。カイロ___政府はアルジャジーラを非難。国連___イスラエルは和平プロセスに注力。テヘラン___イラン野党指導者が自宅軟禁下に。パリ___チュニジア人は国内の混乱を懸念。

次に、2026年2月に新聞に掲載された見出しの一部を挙げてみる。

イラン—政府の腐敗に抗議して何千人もの国民が死亡___ ロシア軍が隣国の一部を占領___ テロリスト集団がイスラエル国民を組織的に殺害___ 現在アメリカではユダヤ人を絶滅させるためにあらゆる努力をしている者がいる___ まさにこの瞬間に我々の国ではアメリカ人対アメリカ人の内戦が起こっている。

上記の話はどれも、世界中の人々が平和を望んでいるという事実を明らかにしている。果たして世界平和は実現するのだろうか?

聖書は二種類の平和について語っている。イエスは言われた。「わたしはあなたがたに平安を残します。わたしの平安を与えます。わたしは、世が与えるのと同じようには与えません。あなたがたは心を騒がせてはなりません。ひるんではなりません。」(ヨハネの福音書1427ここで語られている神の平和は永遠である。

この世が与える平和もあるが、それは永遠に続くものではない。

国際連盟は世界平和を促進するために1919年に設立され、1946年に一旦解散した。その直後に、同じ目的を達成するために国際連合が設立されたが、今日に至るまで効果を発揮できずにいる。

この世は平和を与えてくれるが、せいぜい一時的なものに過ぎない。しかしイエスが与える神との平和は永遠である。私たちがイエスに立ち返り、いのちの賜物を受けるとき、この平和に与ることができる。イエスは「平和の主」である(テサロニケ人への手紙二 3:16)。あなたの平和は永続的なものですか、それとも一時的なものですか?

もしイエスに信頼を置いているなら、あなたは神との永遠の平和を得ている。しかし、もしあなたが得ている平和がこの世の平和の定義に基づいているなら、それはせいぜい一時的なものに過ぎない。

神が与えてくださるこの平和を得たければ、ぜひrerj56@gmail.com (英語)またはrerj56.japanese@gmail.com (日本語)までご連絡ください。

あなたの必要―神の約束(2026年1月25日投稿分)

黒人、褐色人種、白人、その他どんな人種であっても、地球上のすべての人にはニーズ(必要)があるが、それを満たす方法がない。以下に、すべての人に共通するニーズ(必要)と、それらを満たして成功した人生を送る方法について、聖書がどう語っているか列挙してみた。

自分は価値のない人間だと思う。―「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」(イザヤ書434

自分は何もできない。―「私を強くしてくださる方によって、私はどんなことでもできるのです。」(ピリピ人への手紙413

自分には恐れがある。―「恐れるな。わたしはあなたとともにいる。、、、」(イザヤ書4110

自分は孤独を感じている。―「わたしは決してあなたを見放さず、あなたを見捨てない。」(へブル人への手紙135

過去を変えられたらいいのにと思う。―「すなわち、うしろのものを忘れ、前のものに向かって身を伸ばし、、、、」(ピリピ人への手紙313

将来がどうなるか不安だ。―「主ご自身があなたに先立って進まれる。主があなたとともにおられる。主はあなたを見放さず、あなたを見捨てない。恐れてはならない。おののいてはならない。」(申命記318

神は私を見ておられるのか、そして私のニーズ(必要)をご存知だろうか?―「主はその御目をもって全地を隅々まで見渡し、その心がご自分と全く一つになっている人々に御力を現してくださるのです。」(歴代誌第二169

私は罪人だ。―「もし私たちが自分の罪を告白するなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、、、」(ヨハネの手紙第一19

神の約束を信じてもいいのか?神は約束を守ってくれるだろうか?―「天地は消え去ります。しかし、わたしのことばは決して消え去ることがありません。」(マタイの福音書2435、マルコの福音書1331、ルカの福音書2133

神はあなたが神を信頼し、神に安らぎを見出し、過去と未来を神に委ねることを望んでおられる。神は祈りを聞き届け、決してあなたを見捨てることはない。上記の中から一つを選び、神がその必要を満たし、約束を守ってくださることを信じてみよう。

これらの約束は、イエスを救い主として知っているすべての人々へのものである。もしイエスを知らない人がいたら、是非お手伝いさせてもらいたい。質問があれば、 rerj56@gmail.com (英語)またはrerj56.japanese@gmail.com (日本語)までご連絡ください。

新年に向けた4つの提案(2026年1月18日投稿分)

1月は新しい年の始まりを告げる月であり、多くの意味で新たな出発、再出発、改善の機会を意味する。

新年を迎えた際に誰もがすべき四つのことがあると思う。

1. 過去に捉われないこと。「、、ただ一つのこと、すなわち、うしろのものを忘れ、前のものに向かって身を伸ばし、、、、」(ピリピ人への手紙313過去の成功や失敗、とりわけ失敗についてくよくよ考えてはいけない。

2. 未来を当然のことと思わないこと。「明日のことを誇るな。一日のうちに何が起こるか、あなたは知らないのだから。」(箴言271)「ですから、明日のことまで心配しなくてよいのです。、、、」(マタイの福音書634私たちは過去を知っているが、未来のことは分からない。しかし、神はご存知であり、私たちは神が導いてくださることを信じよう。

3. 日々行うすべてのことを誠実に行うこと。「無精者の手は人を貧乏にし、勤勉な者の手は人を富ませる。」(箴言104)「何をするにしても、人に対してではなく、主に対してするように、心から行いなさい。」(コロサイ人への手紙323

4. 新しい年を一人で迎えるのではなく、神と共に迎えること。「恐れるな。わたしはあなたとともにいる。たじろぐな。わたしがあなたの神だから。わたしはあなたを強くし、あなたを助け、わたしの義の右の手で、あなたを守る。」(イザヤ書4110

2026年が、あなたとご家族にとって新たな成功と繁栄の年となりますように。

この新しい年を神を信頼して始めたいと思うのならば、ぜひ友人や牧師と話し合ってほしい。またはrerj56@gmail.com (英語)か  rerj56.japanese@gmail.com(日本語)までご連絡ください。

神は存在しますか?もちろんです。(2026年1月16日投稿分)

マーク・ケイヒルは著書『天国でできないこと』の中で、ルイジアナ州立大学の教授からこう問われた。「神の存在を証明できますか?」

(以下は彼の著書からの抜粋である)

マークの答えは、「(1)創造(2)デザイン(設計)(3)アート(4)秩序によって可能です。」であった。

シャツやドレス、どんな衣服を見ても、そこには作り手がいることがわかる。

腕時計を見るたびに、そこには設計者がいることがわかる。

20本の瓶が整然と一列に並んでいれば、それを整えた人がいることがわかる。

宇宙を見渡したとき、あなたには何が見えるだろうか?創造、設計、芸術、秩序が見えるはずだ。あらゆるものには創造主、設計者、芸術家、秩序の支配者が存在しているのだから、なぜその宇宙の背後にも創造主、設計者、芸術家、秩序の支配者がいると考えないのだろうか?

聖書には、「神の、目に見えない性質、すなわち神の永遠の力と神性は、世界が創造されたときから被造物を通して知られ、はっきりと認められるので、彼らに弁解の余地はありません。」(ローマ人への手紙120とある。

単純な観察から、創造と設計と芸術と秩序が存在することを私は知っている。また観察と信仰によって、創造主と設計者と芸術家と秩序の支配者が存在することも知っている。

すべての人がこの創造主であり、設計者であり、芸術家であり、秩序者である神に会う日が来る。もしあなたがまだ神に出会ったことがなく、もっと知りたいと思うのであれば、神を知っている友人に相談するか、rerj56@gmail.com (英語)または rerj56.japanese@gmail.com(日本語)までご連絡ください。

明日の保証はない(2026年1月13日投稿分)

私たちは2025年を生き延びた!多くの人にとって良い年ではなかったかもしれないが、私たちはそれを乗り越え、今や2026年を待ち望んでいる。果たして2026年を生き抜き、2027年を迎えられるだろうか?これは誰にもわからない。明日さえ保証されていないのに、ましてや一年まるまるなど分かるはずがない。私たちは皆、永遠からほんの一呼吸の距離にいるのであるから。聖書はこう告げている。「明日のことを誇るな。一日のうちに何が起こるか、あなたは知らないのだから」(箴言27:1)。

そして聖書はこうも語っている。「『今日か明日、これこれの町に行き、そこに一年いて、商売をしてもうけよう』と言っている者たち、よく聞きなさい。あなたがたには、明日のことは分かりません。あなたがたのいのちとは、どのようなものでしょうか。あなたがたは、しばらくの間現れて、それで消えてしまう霧です。」(ヤコブの手紙41314

明日への保証がないからこそ、私たちは今日をどう生きるべきなのだろうか?私から二つの提案をさせてほしい。

まず一つ目は、「、、あなたは心を尽くし、いのちを尽くし、力を尽くし、知性を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい。、、、」(ルカの福音書1027前半)ということだ。以下は、心、魂、強さ、精神について、一部の学者が提示する定義である。

___ 心は感情、欲望、愛情の中心である

___ 魂は人の「存在」と独自性である

___ 強さは人の原動力または意志である

___ 精神は知性の中心である

二つ目は、「、、また『あなたの隣人を自分自身のように愛しなさい』、、」(ルカの福音書1027後半)ということだ。隣人とは、一般的に同じ人間を意味する。

イエスは、聴衆の中の誰一人として十戒を守っている者がいないことを知っていた。そこで十戒の真意をこう語った:「あなたは全身全霊で神を愛し、また自分自身を愛するのと同じように隣人を愛さなければなりません。」と。

2026年のあなたの目標は、神を愛し、隣人を愛することであるべきだと思う。これを実行すれば、あなたは祝福されるだろう。

さらに詳しい情報が欲しい場合は、牧師に問い合わせるか、またはrerj56@gmail.com (英語)か rerj56.japanese@gmail.com (日本語)までお問い合わせください。