イエス・キリストは、今も昔も普通の人ではない。彼は人の子であると同時に、神の子である。何世紀にもわたり、何百万もの人々が彼の教えを信じ、彼に従い、キリストの名前から由来するクリスチャン=キリスト教徒という名で認知されることを選んできた。
今日世界の多くの地域で、キリストは拒まれ、キリスト教徒は迫害され、聖書を所持することや読むことが禁じられている。それでも世界中の人々は、機会があれば、なおイエスに従うことを選ぶ。それはなぜだろうか?
ここにその理由をいくつかを挙げたいと思う。
+彼にあって私たちは贖われ、罪の赦しを得た。+彼は、見えない神のかたちである。+彼によって万物は創造された。+すべてのものは彼によって、そして彼のために造られた。+彼はすべてに先立って存在し、すべてのものは彼において成り立っている。+神は、ご自身の満ち満ちたものがすべて彼のうちに宿ることを喜ばれた。+そして神は、十字架上で流された彼の血を通して平和をもたらし、万物をご自身と和解させられた。+かつて私たちは悪しき行いゆえに神から離れ、敵対する者であった。+今、私たちは神の目に聖なる者であり、傷のない者、責められるところのない者である。(コロサイ人への手紙第1章より)
この招きは明確であり、イエスを受け入れ従うことを選ぶすべての人々に開かれている。
イエスは言われた。「すべて疲れた人、重荷を負っている人はわたしのもとに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」(マタイの福音書11:28)
もしあなたがまだ神の家族の一員でないのであれば、今日イエスを信じ、何世紀も前から現在に至るまで続く敬虔な信者たちの仲間入りをしてほしい。そうすれば、神はあなたとあなたの家族を祝福してくださるだろう。
もしこれがあなたにとって初めてのことであっても、イエスが与えてくださるすべてを望むなら、次の簡単な祈りを捧げてほしい。「イエス様、どうやってあなたを喜ばせる生き方ができるのか、より正しく教えてくれる人へと私を導いてください。」
